祖母と食卓で紡ぐ日々 第一章:食卓の新しい課題

新しい食卓が始まる

祖母が軽度の嚥下障害と診断されてから、私たち家族の食卓は少しずつ変化し始めた。医師からのアドバイスをもとに、母と私は祖母の食事の準備に工夫を凝らすようになった。
「これならおばあちゃんも食べやすいかも。」
そう言いながら、母は圧力鍋で煮込んだ野菜をスプーンで柔らかさを確かめていた。私も祖母がむせないようにと、お茶碗一杯分のご飯を一口ずつ丁寧に小さな団子状にして盛り付けてみた。

食卓に並んだ料理は、どこかいつものメニューよりもシンプルで優しい見た目をしていた。祖母はその変化に気づいたのか、少し照れたように笑いながらこう言った。
「なんだか赤ちゃんに戻ったみたいね。」

その言葉に、私と母も笑ってしまった。だけど、その裏に祖母が抱える不安が潜んでいることを感じ取らずにはいられなかった。


食べる喜びを取り戻す試行錯誤

診断後の最初の数週間は、私たちにとって試行錯誤の連続だった。やわらか食に切り替えることでむせる頻度は確かに減ったものの、祖母の食事量は思ったほど増えなかった。特に、味や見た目が単調になってしまうと、祖母の箸が止まりがちになった。

「やっぱり見た目が大事なのかもしれないね。」
私たちは料理の見た目を工夫することを考え始めた。例えば、野菜のペーストを彩りよく盛り付けたり、やわらかくした食材を花形に切って飾ったりすることで、少しでも食事を楽しんでもらおうと努力した。

ある日、私が試しに作った彩り野菜のスープを出すと、祖母は嬉しそうにこう言った。
「これ、きれいね。食べるのがもったいないくらい。」

その言葉が、私たちにとっての小さな希望となった。


祖母の自尊心を守る工夫

祖母は、自分が家族の「世話をされる側」になったことを認めたくない様子だった。いつもどおり家族と同じ食事をしたいという気持ちが強く、特別扱いされることに抵抗感を示していた。

「これ、みんなと同じじゃないでしょ。」
ある日の夕食で祖母がそう言ったとき、私たちは改めて配慮が足りなかったことに気づいた。それ以降、祖母が「特別扱い」だと感じないよう、家族全員が祖母のために作ったやわらか食と似た料理を一緒に食べるようにした。

例えば、祖母用の豆腐ハンバーグを作ったときは、家族用の普通のハンバーグを小さめに成形して見た目を揃える。また、全員が同じスープを飲むようにするなど、できるだけ「みんなで食事を楽しむ」という雰囲気を大切にした。

その工夫のおかげか、祖母は少しずつ「食べること」への意欲を取り戻し始めた。


食事中のコミュニケーション

食卓で祖母と会話する時間も増えた。祖母が「昔はこんな料理を作ったよね」と言い出すと、母も私もその話に耳を傾けた。
「昔、お父さんが好きだったのは煮込みハンバーグだったよね?」
「そうそう、でもあの頃は手間がかかったわ。」

食事が単なる「栄養補給」ではなく、「家族のつながり」を再確認する場であることを、私たちは改めて実感した。祖母が話してくれる昔のエピソードは、彼女にとっても私たちにとっても、食卓を囲む時間を豊かにしてくれるものだった。

新たな発見と工夫の継続

試行錯誤を続ける中で、祖母の嚥下障害に合わせた食事の工夫にも徐々に慣れてきた。圧力鍋やブレンダーを活用して調理時間を短縮し、食材の食感を調整するテクニックが増えていった。たとえば、ポタージュスープには栄養価を高めるために野菜を数種類混ぜ込む、和風煮物にはゼラチンでとろみをつけるなど、細かな工夫を積み重ねた。

また、介護食専門の宅配サービスも試してみることにした。手軽でバランスの良い食事が冷凍で届くため、祖母も「こんな便利なものがあるのね」と感心していた。

「今日はどんなメニューが届くのかしら。」
祖母は宅配食の到着を毎回楽しみにするようになり、その変化に私たちは安堵を覚えた。


食卓がもたらす希望

新しい工夫を取り入れる中で、祖母の食事量は少しずつ増え、むせる頻度もさらに減っていった。そして、何より嬉しかったのは、祖母が再び「食べる喜び」を感じられるようになったことだった。

「今日のご飯、美味しかったわ。」
祖母がそう言って微笑む姿は、家族全員の心を温かくした。変化に気づき、向き合い、行動を起こした結果、私たちは新しい食卓の形を見つけることができた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次