終末期ケアの体験談1|患者と家族を支えた看護師の記録

痰の吸引

第一部:出会いと戸惑い

私は看護師として働き始めて十年が経ちます。その間、さまざまな患者さんと接してきましたが、終末期ケアに関わるようになったのはここ数年のことでした。当初は「死」というテーマに向き合うことの重みや、自分に何ができるのかという不安でいっぱいでした。しかし、この仕事を通じて、人が人生の最後を迎える瞬間に立ち会う責任と感動を知ることになりました。

私が初めて担当した終末期の患者さんは、70代の男性でした。彼は肺がんの末期で、病院ではなく自宅で家族に囲まれながら最期を迎えたいという希望を持っていました。その希望に応えるため、私は訪問看護師としてご自宅に通うことになりました。彼はとても気丈な方でしたが、時折見せる苦しげな表情や、ご家族に向ける気遣いの言葉に胸を打たれました。

初めての訪問の際、私は深い緊張感を抱いていました。どう接すれば良いのか、何をすれば最善なのかがわからなかったのです。ご自宅に入ると、彼の奥さんが出迎えてくださり、「主人が待っているの」とリビングに案内してくださいました。そこにはベッドに横たわる彼の姿がありました。少し痩せてはいましたが、目に力を宿しており、「やっと来てくれたんだね」と笑顔を見せてくれました。

訪問看護の初日は、彼の体調の確認と、ご家族の要望をヒアリングすることから始まりました。奥さんや娘さんたちは、彼の希望を叶えたいという強い意志を持っていましたが、その一方で、日々の介護に疲れ切っている様子も見受けられました。私はまず、彼自身の気持ちに寄り添うことを心がけました。彼は「できるだけ自分で動きたい」とおっしゃっていましたので、無理のない範囲でリハビリを提案し、体を動かすサポートをしました。

ケアの中で一番難しかったのは、痛みのコントロールでした。痛みを完全に取り除くことは難しく、薬を調整しながら日々対応していく必要がありました。ある日、彼は「これ以上、家族に負担をかけたくないんだ」とつぶやきました。その言葉には、彼が抱える苦悩と、家族を思う気持ちが詰まっていました。その時、私は彼に「お互いに支え合うことが家族の力です」と伝えましたが、どれだけ彼の心に響いたのかは分かりません。

終末期ケアは、患者さんだけでなく、そのご家族とも深く関わる仕事です。彼のご家族は、日々の介護の中でさまざまな感情を抱えているようでした。奥さんは「主人が苦しんでいるのを見るのがつらい」と言いながらも、一瞬たりとも彼のそばを離れませんでした。娘さんたちは、仕事と介護の両立に苦労しながらも、可能な限り父親のそばにいるよう努めていました。

日々のケアを通じて、私は少しずつ彼やご家族との信頼関係を築いていきました。何か困ったことがあれば相談してもらえるようになり、彼もまた、私に自身の思いや不安を話してくれるようになりました。ある時、「自分の最期がどんなものになるのか、怖くてたまらない」という言葉を聞いたとき、私は言葉を失いました。終末期ケアに携わる者として、その恐怖に対して何もできない自分の無力さを痛感しました。

しかし、彼の不安を共有することで、少しでも心の負担を軽減することができたのではないかと思います。最期の日が近づくにつれ、彼は「ありがとう」を繰り返すようになりました。その言葉を聞くたびに、私はこの仕事を選んで良かったと思えたのです。

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