孤立と不安
介護を始めて1年が経とうとしていた頃、私の心は限界に近づいていました。毎日同じことの繰り返しで、未来に希望を感じられず、ただ目の前のことをこなすだけの生活が続いていました。陽子の「できないこと」が増えるたびに、それを補うための作業が増えていきました。家事に追われ、陽子のリハビリに付き添い、彼女の体調を気にしながら薬を管理する。私自身の時間はほとんどありませんでした。
「自分の人生は、どこへ行ってしまったのだろう」と思うことが増えました。それまで趣味にしていた読書や囲碁を楽しむ余裕はなく、外出の機会もめっきり減りました。たまに友人から誘いの電話があっても、「今はちょっと忙しくて」と断ることが多くなりました。最初は「陽子を支えるため」と思っていた自分の選択が、次第に孤立を招いているのだと感じ始めました。
子どもたちに相談することもできませんでした。彼らには彼らの生活がありますし、無理をさせたくないという思いが強かったのです。周囲には「大丈夫」と言い続けていましたが、心の中では「本当は大丈夫ではない」と叫びたくなる日々が続いていました。
そんなある日、地域の広報誌で「介護でお困りの方へ」と書かれた記事を目にしました。そこには、「地域包括支援センター」の連絡先が記載されていました。正直、電話をかけることには迷いがありました。「こんなことくらいで相談するのは恥ずかしい」「自分で何とかしなければ」という気持ちが頭をよぎったのです。しかし、その日、疲れ切っていた私は、「とにかく誰かに話を聞いてほしい」という思いで電話をかけました。
サポートの開始
電話の向こうの相談員は、とても親切に話を聞いてくれました。私はこれまで誰にも言えなかった不安や辛さを次々と話しました。相談員は「一人で抱え込む必要はありませんよ」と優しく言い、「まずはケアマネージャーを派遣しますね」と提案してくれました。
数日後、自宅にケアマネージャーの佐藤さんが来てくれました。佐藤さんは陽子と私の生活について詳しくヒアリングを行い、「ご主人の負担を減らすために、いくつかのサービスを利用しましょう」と提案してくれました。具体的には、訪問介護とデイサービスの利用を勧められました。
訪問介護では、週に2回ヘルパーさんが来て、掃除や洗濯などの家事を手伝ってくれることになりました。このサービスのおかげで、私は陽子のリハビリにもっと集中できるようになりました。ヘルパーさんが帰るとき、「今日は本当に助かりました」と言うと、「いつでも頼ってくださいね」と笑顔で言ってくれました。その言葉に救われた気がしました。
また、デイサービスを利用することで、陽子が外出してリハビリを受ける機会が増えました。デイサービスには同じようにリハビリを頑張る人たちがいて、陽子も少しずつ他の人と話すことが増え、表情が明るくなっていきました。これまで家の中で閉じこもりがちだった陽子が、「今日のリハビリでこんな運動をしたよ」と話してくれるようになり、私も心が軽くなるのを感じました。
新たな生活の始まり
介護サービスを利用し始めてから、私たちの生活は少しずつ変わり始めました。訪問介護のサポートのおかげで、私にも自由な時間が生まれ、久しぶりに読書をすることができました。囲碁を打つために近所の公民館に顔を出すようになり、友人たちと再会する喜びを味わいました。
陽子もまた、デイサービスでのリハビリを通じて身体機能が少しずつ改善し、自分でできることが増えていきました。右手で物を掴む練習や、歩行器を使った歩行訓練を重ねることで、自信を取り戻していったのです。彼女が「今日は自分でお茶を入れられたよ」と嬉しそうに報告してくれたとき、私の胸は熱くなりました。
しかし、すべてが順調というわけではありませんでした。陽子の体調が悪化する日もあれば、私が体調を崩す日もありました。それでも、地域包括支援センターやケアマネージャー、訪問介護のスタッフといった周囲のサポートがあることで、私たちは孤独感を感じることなく前を向くことができました。