ITリテラシーの壁を乗り越えるまで
ICTの導入は便利な反面、職員間でのITリテラシーの差が大きな壁となりました。年配の職員の中には、「紙の記録が一番わかりやすい」と感じる人も多く、タブレットの操作に対して苦手意識を持つ方が少なくありませんでした。私自身、はじめは入力のスピードが追いつかず、何度もため息をついたことを覚えています。
そこで、私は「新しい技術を学ぶことで、よりよい介護が実現する」という考えを持つようにしました。できる職員ができない職員をサポートすることをチームで決め、小さな操作からゆっくり教えることにしました。タブレットを使ってみた感想や困りごとを共有する時間を設け、みんなで使い方を確認し合うことで、次第に操作に慣れていきました。
最も印象に残っているのは、あるベテラン職員が「やっぱり覚えておくべきかもね」とポツリとつぶやいた瞬間です。それは、タブレットを使って利用者の体調変化を一目で確認し、「以前と比べて血圧が少し高めだから気を付けよう」と他の職員にアドバイスをしていたときでした。システムの便利さを体感すると、やがて「使わないと損」という意識が生まれたのだと思います。
利用者とICTの接点
ICTを導入して間もない頃、利用者にタブレットを持って記録を入力している私たちの姿がどう映るのか、正直不安がありました。利用者から「何をしているの?」と聞かれることも多く、「機械ばかり見てないで、もっと話してほしい」と言われたこともあります。
そのため、記録作業はできる限り利用者との会話中には行わず、観察を終えた後や休憩時に入力するよう心がけました。それでもやむを得ずタブレットを使う場面では、「この情報をみんなで共有して、〇〇さんにもっといいケアをするために使うんですよ」と説明しました。その結果、利用者の方から「じゃあ、それ使って私が好きな食べ物も記録しておいてよ」と笑顔で言われたことがあり、少し肩の荷が下りた気がしました。
利用者の生活にICTが寄り添う瞬間
ある時、日常業務の中でICTの真価を実感する出来事がありました。それは、日々の記録から一人の利用者が毎晩の睡眠時間が短いことに気づいたときのことです。ICTを使えば睡眠や食事量、トイレの回数などの変化がグラフ化され、すぐに確認できます。「最近、夜あまり眠れていないんですね」と話しかけると、その利用者は「ちょっと腰が痛くて……」と小声で答えました。
その後、医師に相談し、痛み止めを処方してもらうと、睡眠時間が改善されただけでなく、日中の活動量も増えました。もし紙の記録だけに頼っていたら、気づきが遅れていたかもしれません。ICTのデータ可視化が、利用者の生活改善につながったのだと実感しました。
家族との関係が変わった瞬間
ICTを活用して家族に利用者の日常を共有するようになったことで、家族とのコミュニケーションも変化しました。ある日、遠方に住むご家族から「いつも父の様子を知らせてくれてありがとう」と感謝の言葉をいただいたことがありました。それまでは、電話での報告や訪問時に簡単な説明をするだけでしたが、ICTのおかげで日々の詳細な記録を見てもらえるようになりました。
「父がこんなに元気に過ごしている写真を見ると安心します」と言われたとき、私はICTがただの便利ツールではなく、家族の心を支える役割も果たしていることを強く感じました。これがICTを使う介護の価値だと思いました。
次回予告
ICTの可能性を感じながらも、私たちは常に人間らしいケアとのバランスに悩み続けています。次回は、ICTをさらに活用していくための工夫や、導入がもたらしたチームワークの変化についてお話しします。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!