第三部:終末期ケアからの学び
彼の最期に立ち会った経験は、私自身に大きな変化をもたらしました。特に、終末期ケアが単に「患者さんのケア」ではなく、「患者さんと家族全員のケア」であることを深く理解するきっかけとなりました。
終末期ケアにおいて、患者さんだけでなくご家族の不安や悲しみに寄り添うことの重要性を知りました。彼の奥さんが「主人が苦しむ姿を見るのがつらい」と話していたことは、私にとって印象深い言葉でした。ご家族もまた、患者さんと同じように心のケアを必要としていることを実感しました。
ケアの中で心がけたのは、「話を聴く」ことでした。患者さんが自分の気持ちを話すことはもちろん、ご家族もまた、自分たちの不安や迷いを話すことで少しでも心を軽くできるよう、時間をつくることを大切にしました。ある日、彼の娘さんがこんな話をしてくださいました。
「父が病気になってから、私たち家族はたくさん話し合うようになりました。これまでは忙しさに追われて、家族がバラバラになっていた気がします。でも、父が病気になったことで、私たち家族の絆が深まったように感じます。」
その言葉を聞いたとき、私は胸が熱くなりました。終末期という限られた時間が、家族にとって大切な「気づき」を与えることがあるのだと感じました。患者さんが人生の終わりを迎える場面は悲しいものですが、そこには新たな絆や学びが生まれることもあるのです。
終末期ケアで得た「寄り添う」力
終末期ケアで最も重要だと感じたのは、「寄り添う力」です。それは単に患者さんのそばにいるという意味ではなく、患者さんやご家族の思いに共感し、それを尊重することです。特に、患者さんの「最期の希望」に耳を傾けることは非常に大切です。
彼は「自宅で家族と過ごす」という希望を持っていました。その希望を叶えるために、訪問看護師としてできる限りのサポートをしましたが、同時に彼自身の心の負担や恐怖も垣間見ることがありました。彼が「自分の最期がどんなものになるのか怖い」と言ったとき、私はその恐怖にどう寄り添えば良いのか分からず、悩みました。
しかし、彼が心の中の不安を口にしたことで、少しでもその重荷を軽くできたのではないかと思います。そして、その後の彼の穏やかな表情を見たとき、「寄り添う」という行為の力強さを実感しました。
人生の終わりを考えること
終末期ケアに携わる中で、私は「自分自身の最期」について考えるようになりました。人は皆、いつか人生の終わりを迎えます。そのときに、自分はどのようにその瞬間を迎えたいのか、どのように生きた証を残したいのか。これまであまり考えたことのなかったテーマに真剣に向き合うようになりました。
終末期ケアを通じて、多くの患者さんから学んだことの一つは、「どのように生きるか」が「どのように最期を迎えるか」に影響を与えるということです。彼は自分の人生を振り返りながら、家族に感謝し、穏やかな最期を迎えました。その姿を見て、私もまた自分の人生を大切に生きようと思うようになりました。